2004年10月31日

上海最終日

明日帰るから実際は最終日一日前なのだけど、AM10:00のフライトだから今日が実質の最終日。

早朝からデバッグと動作確認、および修正方針の検討。実際に直すのは上海メンバーになるのだけど、本当にちゃんと動くか確認してからでないと指示できない。

物を作るときはどんなものでもそうなのだろうけど、「理論通り」に作ったものがそのまま動く保障はない。実際の環境で、いろいろ試して微調整を重ねないとちゃんとしたものにはならない。たとえ今現在動作しているものを利用している場合でも、完成品が違うものである以上、動きはやはり異なる。テストの理論や技法が向上しても、細部はやはりトライ&エラーだ。

結局夕方くらいまで、食事以外はホテルに缶詰状態での作業。やけくそに長いメールを出して一応一段落。別に上海じゃなくてもできた作業だけど、「仕事以外他にやることが無い。かつ短期間で結果を出さなきゃいけない。」という環境は、仕事をするにはいい環境なのかもしれない。さすがにそろそろ疲れてきたけど。

本日の記録。

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朝飯は近所で売ってた肉饅。0.7元。ちょっと油っこかった。 お昼は南京路歩行街にある吉野屋で。日本では食べられない牛丼。ドリンクと野菜とセットで18.5元。味は同じ感じ。

夕方、仕事が終ってからふらふらと南京西路を西へ。この前行けなかった永源浜路の楽市楽座にある麺酒房に寄ってみようと長い道のりをのんびり歩いて行く。すると‥。

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楽市楽座。正しくは、楽市楽座の跡地。
廃虚と化してました‥。
麺酒房跡。突然営業を止めてしまったような雰囲気‥。

楽市楽座はどうも契約上のトラブルか何かがあったようで、6月〜7月くらいには既に無くなっていたようです。うーん。残念。

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とぼとぼ戻る途中の静安寺向いの噴水。 こちら静安寺。(だと思う)

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このままだと飯の食いっぱぐれになっちゃうなぁと、うろうろしているといつの間にやら南京西路から一本入った裏通りに迷い込んでいた。人がたくさんいて、まるでお祭りのよう。 道の途中で見つけたお店。前回来たときも食べた「生煎」を売っていた。さっそく購入。4つで2.5元。店員さんに「ていくあうと、ぷりーず」と言ったら「オミヤゲね〜」と笑って答えてくれた。やはり見た目で日本人って分かるのだろうか。

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どこからともなく危険な香りが流れてくるなぁ、と思ったら、道端で「臭豆腐」を揚げていた。この辺り一帯が野性的な臭いで充満していた。これはやっぱりだめだあ。 ふと見付けた店。字を見てそのまま衝動買い。

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「香酢牛肉餅」なるもの。周りはパリパリ。1つ1.5元。 食べてみると山椒がピリピリと効いた牛肉が包まれていた。なかなか美味。

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今夜の食事。豪華なんだか質素なんだかよく分からない。カップラーメンと青島(チンタオ)ビールはコンビニで購入。 今日一のびっくり出来事。こっちのカップラーメンは中にフォークが入っている。あやうく入れたままお湯を入れるところだった。

さ、あとはまた来週だ‥。

2004年10月30日

ホテルでお仕事

土曜日。オフィスが工事で使えないとのことで、仕方無くホテルでお仕事することに。快適なネットワーク環境は整っているし、本社へのVPN接続もうまくいくようになった。むしろ東京にいるより集中できるってくらいなもの。

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隣の部屋の部長と電話で話したり、東京で休日出勤している同僚とメッセンジャーで相談したり。会社のデスクトップPCにリモート接続して普通に仕事したり。実にナイスな仕事場。

ホテルの正面に人民公園があるので、早朝6:00、ふらふらと散歩に入ってみた。

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たくさんの人が公園内で体操などしている。
これは太極拳な人たち。
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こちらは剣を使った太極拳。

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公園は高層ビルの合間ににある。
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ブランコ老夫婦。楽しそう。

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バトミントンに興じる人たち。
やけにハイレベル。
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上海にはおもしろい形の高層ビルが多い。

公園の外で、おばちゃんが売っていたものを朝飯に。なんていう食べ物かは分からず。
チュロスのような揚げたものを、ザラメの砂糖と一緒にギュッギュッと握った、でっかいおにぎりだか天むすようなもの。周りは餅米だ。これで2元。
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かじるとこんな感じ。絶妙な甘さがおいしい。一つでお腹いっぱい。
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2004年10月29日

上海でお仕事

金曜日。天気良し。東京の寒さに比べて、こちらの昼間はちょっと暑いくらい。長袖でいると汗ばんでしまうほど。

日本時間より一時間遅れているので、いつもの時間に起きると早過ぎる時間になってしまう。生活リズムを合わせてしまうと帰国したときに大変なので、一応、起きる時間はいつも通り。その後、いつもより余計に二度寝三度寝してみたり。

昼間は現地スタッフとの打合せ。これまでに比べるといいリズムで作業が進んでいるものの、次の一歩に進む所でとまどっている様子。こればかりは知識はもちろん、なにより長い経験が必要な所なので、日本からの技術支援が不可欠。

教えてあげれば吸収は速い。けど、勝手に解釈して拡張して、こちらが想定していないことまでやって、そしてハマっていったりするのでなかなかアナドレナイ。幸運にも高い技術力を持っている人がいてくれるので、その技術者となんとかうまく連携しながらやっていく必要がある。

国民性や生活習慣、商習慣の違いで、お互いの意志の疎通がなかなかうまくいかないのがもどかしい。

中国の方で、日本語ができて、技術的な話も分かって、人とスケジュールの管理ができる人

もしくは、

日本の方で、中国語ができて、技術的な話も分かって、人とスケジュールの管理ができる人

が欲しいところ。っていないよなぁ、なかなか。


あ。一人いるなぁ。(ぼそ)

2004年10月28日

上海到着

約5ヶ月ぶりの上海。前回はJALでの渡航だったが、今回は(予算の関係上)Air Chinaでの渡航となった。映画を見たりとかできないから、機内で暇かなぁと思っていたが、機内食を食べたりいねむりしたりするうちに、あっという間に到着してしまった。こんなに近かったっけー?

ひさしぶりの上海は、まだ東京ほど肌寒くはなっておらず、涼しくて過ごしやすい。
空港からホテルまでの途中でガソリンスタンドに到着。

窓から月が見えていた。日本から見るのと変わらない模様の月。
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なんだかホッとした気分になる。

宿泊先は、「国際飯店」。南京西路をはさんだ反対側には人民広場が広がる。前回宿泊したところとは段違いの豪華なホテルだ。

部屋にはPCが設置されていて、ブロードバンド接続が無料で提供されている。RJ45ケーブルを引っこ抜いて自分のPCに接続すれば、もう日本にいるのとほとんど変わらないネットワーク環境が手に入る。残念ながら会社へのVPN接続には失敗したが、それでもこうして生活記録の更新なんかができちゃったりするのだ。
便利な世の中になったもんだ‥。

そんなこんなで今夜の食事。
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マック。(笑)

頼んだのは「チキンフィレオ」のセット。
なんだかホッとした気分になる。(違)

2004年10月27日

明日の予定

明日から上海〜。
資料がまだできてないよ〜。
上海行っても土曜日は出勤予定ぃ〜。(泣)

そんなわけで行ってきます。

・明日の予定
成田エクスプレス
新宿11:42→成田12:56

飛行機 (便名: CA 930/Y)
東京15:05→上海17:20(現地時間)

Air Chinaに乗るのは初めてだな‥。

送別会

これまで製品の出荷試験を担当してもらっていた派遣の方が、派遣元の会社を辞めて実家に帰るとのことで、今夜はその送別会。
決っしておもしろくは無い検証作業を黙々とこなす真面目な人で、とても貴重な戦力としてずいぶん助かっていた。いくつかの製品リリースがせまっているこの時期に辞められるのは残念だし、実際、キビシイ。

まぁそれはそれとして、今夜はたくさん飲んでたくさんしゃべった。ほんの3時間くらいの飲み会だったけど、終ってみたら声が枯れていた。普段は、しゃべる機会があまりない仕事をしているので、たまにしゃべると疲れる‥。

しんみりするよりは、こうして楽しく送ってあげるのも、またいいことだと思う。

2004年10月26日

長野帰省

かみさんが親戚の結婚式に出席するため長野に帰省したので、覚え書き。

地震に遭遇

10/23に地震。長野にいてこれ程の大きい地震を経験するのは初めてじゃないだろうか。
ちょうどお風呂に入っていて、湯ぶねのお湯がじゃぱじゃぱ揺れて、結構恐かった。
特に周りにケガをした人はいない模様。新潟の方は大惨事になってしまったが‥。

玲真、母親の顔を忘れる

10/24。かみさんは結婚式参加のため、一日留守となった。その間、玲真のお守りをしながら留守番をしていた。

かみさんは夕方頃帰宅。玲真は一日ぶりに会う母親に飛びついていくかなぁ、と思って観察していると、全然知らない人を見る目でかみさんをじっと見ている様子‥。抱っこしてくれとせがむこともなく、父親や義姉の所にぺったりとくっついている。
そこでかみさんが「玲真おいで〜」と抱っこしたところ、

びぇえええーん!!

と大泣きを始めてしまった。
あれほどママっ子だった玲真がかみさんの顔を見て泣くとは。とても信じられない。

髪をアップにしているかみさんを見るのが初めてだったということもあるのだろう。本当に知らない人だと思っているのかもしれない。しかし、声を聞いても思い出さないとは‥。
不思議なことが起こるものだ。

一人で帰宅

10/28〜11/01の予定で、今年二度目の上海出張に行く予定。
例のごとく、かみさんと琉玲を長野に置いて、一人で帰宅。
これから2週間の一人暮しだ。

しばらくのお別れ琉吾。
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しばらくのお別れチュー真。
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2004年10月25日

仕事いっぱい

今日から一人暮らし。すっかり早起きの習慣が身についてしまったので、いつも通りの時間に出勤して、いつも通りの時間から仕事を始めた。

で、まぁ早く帰ってもしょうがないので、この機会にたまった仕事をかたづけるべく、ふにふに仕事をしていたら、いつの間にか22:30。あららもう帰らないとね、と、ささっと残件を確認すると‥

ぜんぜん減ってね〜。(涙)

一つ終る側から、次々と新しい割込みが入ってきては、ToDoが増えていく。こんな状態で上海行くの不安だなぁ。

「暇だ暇だ」ではなく「忙し忙し」と言っていられるということは、それだけ仕事があるということで、(比較的)悪い事ではないだろう。(と自己暗示)

2004年10月22日

家族写真その2(交通安全協会にて)

今日は会社を休んで免許の更新に出かけた。
うまいこと更新の時期がかみさんと重なったため、家族全員でお出かけ。

警察暑では書類の受け付けや、優良運転者(いわゆるゴールド免許)の講習をやっているが、
提出する書類を作成するのは、警察署の並びに建てられている「交通安全協会」だ。

更新葉書を提出し、交通安全協会への入会を了承。
そして、免許に使う写真を撮るときに冗談で「琉吾も一緒に撮るかー?」なんてかみさんと話していたところ、かみさんの写真を撮った後、撮影をしてくれた人が「お子さんも一緒にどうぞ〜」と声をかけてくれた。

まさか、とは思ったが、かみさんは琉吾を抱いてパチリ。
その後、自分が撮るときは、玲真を抱いてパチリ。
撮った写真は書類と一緒にプレゼントしてくれた。

まさか交通安全協会で家族写真を撮ることになるとは思わなんだ。
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その他、気がついたこと。

・講習にビデオは片山右京が出演する、なかなか見応えのあるものだった。すごい。
・来年くらいに相模原市3つめの警察署が出来るらしい。そこでは免許更新の即日交付ができるそうな。便利。

2004年10月19日

笑え

Tu-Ka、一世一代のネタ披露。

ツーカーSの発売について

〜 説明書がいらないくらいカンタンな通話専用ケータイ 〜

株式会社ツーカーセルラー東京(本社:東京都港区、資本金:60億円、社長:津田裕士)、株式会社ツーカーホン関西(本社:大阪市北区、資本金:60億円、社長:福田元彦)、株式会社ツーカーセルラー東海(本社:名古屋市熱田区、資本金:30億円、社長:那須角忠)のツーカーグループ3社は、説明書がいらないくらい操作がカンタンな通話専用携帯電話ツーカーS(京セラ製)を11月中旬から発売します。

笑え。
これ見て笑えない人は、買え。買って、私を笑わしてくれ。
実機の画像見て、コラかと思った。

これまで「最近の携帯電話は使いにくい」や「難しそう」と敬遠されていた高齢者のお客さまからは「待ち兼ねていた一台」と、きっとご期待に沿えるものと考えております。

いくらなんでも「高齢者」の方を甘く見すぎでは。

電話と一緒に電話帳も持ち歩けと。緊急時の連絡でもなんでも、全部ダイアルしろと。誰からかかってきたかも分からないのに、オレオレ詐欺に気をつけろと。
余計な機能を削るのはいいけど、便利な機能を無くしちゃうのは「シンプル」とは言えまい。これはただの「退化」だ。コンセプトとしてはおもしろいかもしれないけど、これを実際に売り出す努力をする前に、他にやることがあるのでは。

Tu-Kaよ。あなたは一体、どこへ行こうとしているのですか?
どこへ向かっているのですか?教えてください。
私を置いて行かないでください。一緒に連れていってください。

嘘です。やっぱいいです。
けど、もうちょっとついて行きます。

2004年10月17日

家族写真

一年に一度は家族写真を撮っておきたい。子供達の成長記録にもなるし、家族が揃った写真を撮る機会ってなかなか無いものだし。

ということで、町田市玉川学園にある「フォトスタジオ福田」まで出かけた。
夫婦でやっているスタジオで、三階建ての自宅をそのまま撮影スタジオとして利用している。天窓からの自然光が入ってくる部屋の中での撮影なので、自然な感じの写真が撮れる。
構図も基本的には自由。4人でまとまっている所を撮ったり、二人ずつで撮ってみたり、子供だけできゃーきゃー遊んでいる所を撮ってみたりと、とにかく「自然な姿/表情」を大事にしている。

40分くらいの撮影で、撮った写真は300カット程。その中から30〜40カットを選んでもらいプリント。さらにそこから購入するものを選ぶ、という方法をとる。子供(しかも二人)の表情をいい感じで撮るのは中々難しいので、時間はかかるけどこういった方法もよいと思う。

どこも一緒だけど、お値段は決っして安くはない。
しかし、一年に一度のことだし、一枚だけ選ぶこともできないだろうから、ちょっとしたアルバムのようなものにしてもらおうと思う。
最初のでき上がりは3週間後。どんな写真が撮れているか楽しみだ。

2004年10月16日

20代最後の一年

いわゆる誕生日、というやつ。

子供の頃、周りの大人達が「今日が誕生日だったなんて忘れてた」なんて言うのを見て、「こんな楽しい日の事を忘れるなんて、んなアホな」と思っていた。

まんざら嘘でもなかったのだなぁ、と思う。
忘れる、というか、忘れていたい、というか、来て欲しくない、というか。
そんなことを実感する年頃になった。

一応、お誕生日おめでとうということで、家族で食事に出掛けた。
行った先は焼肉屋。琉吾も玲真もあまり食べる物がないところ。
そこで、出かける前に軽く食事をさせて、お店ではおとなしくしてもらおう作戦を決行。
さすがに最後の方では飽きてきて、もぞもぞ動き始めてしまったものの、全体的にはいい子でいてくれた。

さぁ。
20代最後の一年だ。

2004年10月13日

トラックバック‥?

記事への他のblogからのトラックバックが、どうも不調な様子。
このエントリはトラックバックのテストに使いまふ。

2004年10月11日

「24」おしまい

この一週間の生活リズムは「24」の観賞をベースに成り立っていたと言っても過言ではない。

琉吾と玲真を寝かしつけてから、前日に録画したものを2〜3時間観賞。その日の放映時間になってからまた続きを録画する、という生活の繰り返し。土日は天気が悪かったこともあり、昼間の空いた時間で見ていなかった分を観賞。
そして、10日に放映されたものを今日見終わった。
そんなわけで日記を書く時間は無かったのだ(言い訳)。

いやぁ。おもしろかった。おもしろかった。おもしろかった、けど。けど‥。
こんな終り方ってば、ひどいわ。ひどい。ひどい。
三作目がある以上、なんらかの継ぎ方をするのは確かに分かるけど。けど‥。
これはもう「終り」ではなく「続く」だ。気になる気になる。

三作目は11月にレンタル開始、12月にはDVDが売り出される。これは買いたくなっちゃうよなぁ。
我が家はデッキを持たない事で「DVDソフト購入欲」の抑止力としているが、今回は危い。
ナウシカの時のようにノートPCで「24」を見るか否か‥。

「24」を見て影響を受けたこと一覧。

・ブッシュ大統領とパーマー大統領を比べてしまう。
・二つ折りの携帯電話より、ストレートで顔より短いのを使いたくなった。
・決断力/判断力のある上司にあこがれる。
・バリバリ仕事したくなる。
・アメリカって恐い国だなぁ、とか思ってしまう。
・会社の内線に出るときに「CTU、アルメイダ」とか「メイソンだ」とか言いたくなってしまう。
・仕事関係の人からの着メロをCTUの内線に変えた。

2004年10月08日

臨時お休み

定期的に発生するかみさんの体調不良。朝から頭やらお腹やらが痛いようで、ヘロヘロになっていた。
そこで、今日は会社をお休みして自宅待機。予定されていた3つのミーティングをキャンセルする連絡をして、洗濯やら琉吾玲真の世話やらをなんとかこなしていった。

自慢じゃないけど料理はできない。
他の家事は、まぁ人並みにはできているつもりだけど、料理だけはまったくできない。(やろうともしない)
従って、かみさんがダウンすると、我が家の食事は一挙に貧相になってしまうのだ。

少しくらいはできた方がいいのだろうけど。いま一つ「楽しい」という感情が湧いてこないのだな‥。
かみさんは「自分が食べたいものを自分で作って自分で食べるのだから楽しいのだ」と言う。
それは分からんでも無いけれど。

つまり、ラーメンを作れるようになればいい、ということか。(違)

2004年10月03日

「24」

いまさらながらに「24」に夫婦ではまった。

シーズンIはまったく見ておらず、CMで伊集院光がハマり具合を熱く語っていることぐらいしか覚えていない。完全に予備知識が無い所で見始め たのだけど、すっぽりはまるのに、まったく時間はかからなかった。

深夜の時間帯に一気に3時間とか放映してくれるから、ビデオに撮るしか無い。本気でHD-DVDレコーダーが欲しくなったけど、ひとまず新しくビデオテープを買い足すことでしのぐことにする。

しかし、このドラマ。中毒性がありすぎ。
それぞれが一本でも成り立つような内容の話を3つ位同時進行で進めていくものだから、息つく暇がない。しかもビデオで見るので途中のCMは早送り。こうなると本当に休むときが無い。プロローグもエピローグも無い、最初から最後まで山場ばかりの映画を集中して見ているようなもの。
こりゃ疲れる。

2004年10月02日

多摩動物公園

とても天気のよい土曜日。みんなで「多摩動物公園」に出かけた。

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ふふふ‥
02-02-s
えっへん

02-03-s
ぞうさーん
02-04-s
ぞうさんに夢中

02-05-s
キリンに夢中
02-06-s
キリン、突然お座り

02-07-s
次はどこ行こうかしら‥
02-08-s
一休み

02-09-s
僕も一休み
02-10-s
最後はやっぱり

琉吾は帰ってきてからも「どうぶっえん、行く〜」などと口走っており、どうやら気に入った様子。
やっと動物園をちゃんと楽しめるようになったか‥(しみじみ)。

2004年10月01日

30代への準備期間

今日から10月がスタート。
今月に迎える誕生日で、29歳になる。いよいよ30歳まであと1年ということだ。

この時期になると「20代の最後だから悔いの無いようにいろいろやっておかないと」てなことが話題になったりする。そのように去りゆくものを惜しむ気持ちも大切だけど、ここは、来たるべき30代に向けての準備を1年かけてやってしまえ!という、前向きな気持ちになってみるのもいいだろう。
そんなわけで、これからの1年間は30代の10年間を迎えるための準備期間にしたいと思う。

まぁ準備期間といっても、特別な事をするわけでもなく。
ただ、30代の10年間を通して「目標」にできるものの一部を今から始めちゃおう、というだけこと。

1年間というと、長いようでかなり短い。まだまだあると思っているうちに、あれよあれよという間に終ってしまう。しかし、あまり短いと思って頑張りすぎると、実際は365日もあるので、途中で嫌になって止めてしまうだろう。
どちらかというと恐れるのは後者の方。1年ですら継続できないものを、その後10年も続けられるはずがない。少しくらい手を抜いても、自分のペースで、じっくり継続していけるようにしたい。

例えばこの生活記録のように。
毎日記録を付けるでもなく。かといって長期的に書かない、というわけでもなく。
一生懸命とダラダラのちょうど中間(よりちょっとダラダラ寄り)くらいの力具合でやっている。
これくらいの気持ちで続けていこうと思っているものをリストしてみる。

・英語を勉強する
いい加減、中学生レベルから少しは成長しないと。まずは勉強法の選定から。目標は普通の会話とメールが書けるように。

・字を綺麗に書く
字が汚ない。手帳に書いたメモが後で解読不能になることもしばしば。もうちょっと意識して綺麗な字を書けるように少しずつ練習をする。子供の手本になって教えられるようになるのが目標。美しく、というか読みやすい字を。

・痩せる
20歳のときに上京して、生活環境の変化から劇的に痩せ衰えた頃を乗り超えてからというものの、ややデブ傾向からどうしても逃れられない。会社の健康診断で「標準体重」と診断されることをいいことに、一般的には「ややデブ」の部類に入る体重を見てみぬふりをしてきた自分がいる。体は重いし夏は暑いし非効率この上無い。
というわけで、ちょっと痩せよう。目標は10の位を一つ下げること。
もしこの目標を1年間で達成できたら、30代では「健康維持」といった目標の一部となる予定。

フランクリン・プランナーをちゃんと使う
価値観、役割、ミッションを整理して、長期目標をたてる。それを毎日のプランニングに生かす。

あとは、仕事とプライベート両方に関係するミッションが一つ。あと半年くらいで結果を出す。
それに関係した仕事上のミッションがいくつか。こちらは1年くらい。

書き出せばきりが無いので、ここで打ち止め。この1年でやらなきゃいけないことといえば大きくはこれくらいだろう。
さ、がんばろ。