2005年03月31日
万年筆購入
そんなわけで、PARKERのデュオフォールド・インターナショナル(プラチナプレート)を購入。
ゴールドかプラチナか迷ったものの、かみさんの助言を受けてプラチナに。
なかなか恰好良くて◎。
これから使い込むペン先。

さすがに高級品だけあって、特に調整もしていない状態で書き味は良好。
ペン先は硬めで、筆圧の高い状態でも気持ちよく書くことができる。
しかし、ソネットと書き味を比べると、やはり使い込んだ分、ソネットの方がペン先がよく走る。デュオフォールドもひっかかりがあるわけではないのだが、まだこちらの思い通りの動きはしてくれない。
普段それほどたくさんの量を書くわけではないので、2〜3年後にはしっくりなじむようになるだろう。
所有のPARKER。上からデュオフォールド、ソネット万年筆、ソネットボールペン、ソネットシャープペン。

次の目標は、ここにデュオフォールドのボールペンを加えることだ。そうしたら、PARKERは打ち止め。
もし次に万年筆を買うことがあれば(10年後?)、そのときはペリカンかウォーターマンでも買おうかな。
筆跡比較。
上がデュオフォールドで書いたもの。太さはF。
下がソネットで書いたもの。太さはXF。
インクはどちらも、Quinkのブルーブラック(カートリッジ)。

けっこう違うなぁ。
2005年03月30日
万年筆
PCを相手にした仕事をしていると、「字を書く事」が「必要」になることは、あまり無い。しかし先々のスケジュールや日々のタスク管理に手帳を使っているので、まったくを字を書かない、という日は無い。で、手帳を書くときに使っているのが、万年筆(PARKERのソネット)だ。

購入したのは6〜7年位前になる。当時の上司が万年筆好きだったということもあり、それに影響されたのがきっかけ。値段も1万円前後と手ごろだった(それ以上のものは当時では買えず)。
ペン先の太さはXF。手帳へ書き込むのにちょうどよい細さ。かなり軟らかく作られており、筆圧の強い人には少し書きづらいかもしれない。しかし値段の割には作りが良くできていると思う。
PARKERのソネットシリーズは今も販売しているが、最初に発売されたものから何度かモデルチェンジを行っている。現在のものはペン先が少し固くなっているらしい。あとはフタについている金色のリングがもっと太くなっていたりと、デザインも少し異なっている。
使い込んだペン先。

使い始めて2〜3年くらいまではインクフローがあまりよく無かったが、最近の使いごこちは申し分無い。非の打ちどころが無い、というほどでもないのだが、それくらいの方が個性があって良いと思う。
社会人になってからの9年間を一緒に過ごしてきた、愛着のあるツールだ。
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今日、数ヶ月に渡って行ってきた仕事が一段落した。
明日は2004年度最後の日。
来月には引越しをして、仕事もプライベートも大きな転機を迎えることになる。
そして、20代もあとわずか。10月にはいよいよ30代に突入する。
思えば、ソネットを買った当時は、万年筆なんて分不相応なものであったと思う(イメージ的に)。一人前に仕事ができるわけでもなく、ちゃんとスケジュール管理をしているでもなく、ただ漠然とがむしゃらに仕事をしていた時期だった。
しかし最近思うのは、仕事に使うツールは分不相応なくらい上質なものの方が良い、ということだ。仕事をすることに対しての充実感をそこで感じることができるし、道具に見合った仕事ができるようにならんとなぁ、と思うこともできる。
というわけで、いろいろな節目のこの時期に、新しい万年筆を買うことにした。
何を買うかいろいろ迷ったものの、PARKERのフラッグシップモデル「デュオフォールド」に決定。ペン先はソネットに比べるとかなり硬い方になるが、メモ書きやブレスト用にガリガリ書くことを想定しているので、むしろ都合が良い。手帳用にはこれまで通りソネットを使い続けよう。
資金はこづかいをコツコツ貯めたヘソクリから。
と言っても、弁当を毎日作ってくれるかみさんの努力の賜物でもあるわけで。
かみさんにも何か買いましょかね‥。
PS2?(ぼそ)
2005年03月27日
引越し見積り
便利な時代になったもんで。一つのサイトに申し込むことで、複数の引越し業者に見積りを依頼することができる、というシステム。他にも同じサービスを提供しているところがいくつかあるが、「アート引越センター」が参加している所は少い。ここで選択できるのは他に「日本通運」、「ヤマト運輸」、「サカイ引越センター」、「アリさんマークの引越社」、「松本引越センター」と、業界大手が並んでいる。東京電力の引越見積サービス
たった5分で面倒な引越見積がすべて完了。引越大手6社がすべて参加しているので、安心。
しかも、納得見積料金から、さらに割引!
今住んでいるアパートに引越してきたときは、いろんな人の手を借りながら自力での引越しだった。が、その後6年間生活するうちに、冷蔵庫はでかくなったし、TVもでかくなった。荷物は確実に数倍は増え、移動する人間も倍になった。
こうなると自力での引越しはちょっときつい。やってできないことは無いが、自分たちの力だけでできないことは明白だ。そんなわけで、ちょと値がはるけど、業者に依頼しようという選択となった。
そこで、上記サイトから、ヤマトとサカイを除く4社を選択して見積りを依頼。
申し込んだ次の日(土曜日)に連絡をしてきたのは「アート引越しセンター」。その場の話で翌日(日曜日)に見積りに来てもらうこととなった。いくつか選択肢があって、それぞれ大きな差が無い場合「一番最初に見たやつでいいかぁ」となることが我が家の買い物では多い。そういう意味でもアートの着手の早さはなかなか好印象。
見積り作業はさっさと終った。やはりそれなりに距離があるので、搬出と搬入で二日作業となっていた。お値段もそれなりで、想定よりは高め。当日作業となると、搬出→移動→搬入→帰還までを一日で終らせる必要があるため、作業の品質を維持するのが難しくなる可能性があるとのこと。
こういうところには、あまりお金をケチらない方がいいのだろうなぁ。ひとまずアートをベースに他と比較してみよう。
参考サイト:
引越しのウラオモテ 〜 引越業者の選び方 〜
http://www4.ocn.ne.jp/~corgies/
2005年03月26日
快気祝い
3月のほとんどをインフルエンザとの攻防戦に費した我が家。本調子になっていなかった琉吾も完全復活し、玲真とタッグを組んでの大騒ぎを再開。
かみさんはまだ完全復活、とはいかないものの、すっかり元気になった。
そんなこんなで、今夜は快気祝い。
みんなで近所の(安い)焼肉屋にでかけた。
琉吾と玲真はまだ焼肉は食べられない(食べられないことも無いけど満足はできまい)ので、子供用の別メニューを。玲真もスプーンを使って自分で食事ができるようになってきたので、思った以上に手はかからなかった。これならどこに出かけても大丈夫だなぁ、とこんな所でも玲真の成長を確認。ただ、自分の分を食べ終ってしまってからは、大暴れで大変だった‥。
かみさんも好きな焼肉をたらふく食べて満足の様子。
たまの外食は我が家の大切なイベントだ。
抜歯したその日に焼肉食べたり酒飲んだりと、先生に言ったらビンタされそうな患者だが、まぁ祝事ということで‥。
抜歯再び
先週、生涯初めての抜歯を経験した。傷はほとんどふさがったものの、舌のつけねの部分がまだ少し痛むといった感じ。
抜歯したのは下の親しらず。この歯が抜けた結果、対となる上にある親しらずが、まったく意味を無さない(噛み合わさる歯が無い)状態になってしまった。なおかつ、この歯も虫歯になっている、ということで、今日はこの歯を抜歯することに。
先週とは異なり、素直にまっすぐ生えている歯だったので、抜歯にかかった時間は2分程。薬も、前回はあった抗生物質の薬は無く、一応処方される痛み止めも、前回の半分の数。舌やのどの痛みも無く、帰宅してからすぐにうどんを食べることができたくらい。
利用価値の無い歯であれば、頑張って治療するよりもとっとと抜いてしまった方がよいのだろう。
残す虫歯はあと二本(のはず)。引越す前に通院が終りますように‥。
2005年03月21日
第二次インフルエンザ攻防戦 - 今度はB型
-- 03/12 長野帰省 --かみさんが友人の結婚披露宴にお呼ばれしているので参加するために長野に帰省。ついでに、不動産屋に探させていたアパートの申し込みもしてくることに。徐々に具体的な話が決まっていく。
-- 03/13 かみさん披露宴に参加 --
披露宴にお呼ばれしているのはかみさんだけ。二次会には参加をして、その間琉吾・玲真は実家でお留守番。
琉吾、玲真の体調に異常は無し。このときは。まだ‥。
-- 03/14 玲真発症 --
披露宴・二次会の後でアパートまで帰宅するのはなかなか大変ということで、この日まで休みをもらって、のんびり帰る計画。
実家の母と一緒に昼食を取っていると、玲真の様子がちょっとおかしい。いつもならガツガツといくところが、食べさせないと食べない。顔もちょっと赤らんでおり、もしや熱が出てきたか?といった感じ。その後、かみさんの実家に移動。玲真の様子は相変わらずなので熱を計ってみると、37.5度を超えている。まだ熱の上がり始めということで、少し予定より早く帰宅の途に。
高速道路の移動中は、ちょっと息苦しそうではあったものの、ほとんど寝ていた玲真。アパートに到着し、診察券などを取りに戻っただけですぐにかかりつけの医者へ向かう。
「この前はこの辺りで救急車を呼んだのだよねぇ‥」などと話していたちょっと後。かみさんがふと後ろを振り返ると、そこにはひきつけを起こしてガクガクと小刻みに体を震わせている玲真が。目は上を向いたままでいわゆる「白目をむいた」状態。口は半開きで無表情。ひきつけを起こしている姿を見るのは、琉吾のとき以来だが、普段はまったく見せない表情にはなんとも言えない「恐怖感」を感じてしまう。
今回は医者が近かったこともあり、とりあえず玲真をチャイルドシートから降ろし、抱きかかえたまま急いで向かう。ひきつけは2分ほどでおさまり、かみさんの呼びかけにもなんとか答えているので、この前に比べると状況は悪くない。
診察の結果も特に異常は無し。けいれん止めの座薬を入れてひとまず帰宅。
-- 03/15 玲真終息 --
玲真の診断結果は、インフルエンザのB型。
しかし早目の治療と子供ならではの回復力か、夜には玲真の熱は下がって落ち着いてきた。
玲真以外の人には今のところ異常無し。
-- 03/16 中休み --
玲真は完治の様子。
琉吾もかみさんも自分も特に変化無く、第二次インフルエンザ攻防戦もここに終結かと考える。
-- 03/17 琉吾発症 --
昼頃かみさんから連絡がある。「琉吾に熱が‥」
午前中は玲真と一緒に騒いでいたのだが、午後になってぐったりし始めたとのこと。
今日はけいれん止めの座薬を入れ、明日医者に行くことに。
-- 03/18 かみさん発症 --
琉吾を医者に連れていく日。なんとかみさんも熱が上がってしまった。
急遽会社を休みにし、家族全員で医者に行く。(自分と玲真は付き添い人)
琉吾はやはりインフルエンザB型の診断結果。熱は40度付近を行ったり来たり。
かみさんは特に診察はしてもらわず、状況から判断してインフルエンザの薬を処方をしてもらった。
三連休でなんとか終息させないと‥。
-- 03/19 父抜歯(無関係) --
変な方向に向いて生えていた右下の親知らず。
こいつの虫歯がかなり進行してしまったので、抜歯することに。
実は生涯始めての抜歯。
「変な方向を向いている」&「形が変」ということで抜歯作業には30分程かかり、あれやこれやと方法を駆使してやっと抜けた。(抜けた歯はバラバラ)
時間がかかったからか、変な形をしていたからか、抜歯の傷口はさほど痛くないものの、「舌を動かすと激痛」&「物を飲込むと激痛」というなんともやり切れない状態に。
これで家族内で元気なのは玲真だけになってしまった。
-- 03/20 琉吾終息? --
かみさんと琉吾の熱は下がり、落ち着いてきた様子。
しかし夕方頃になると琉吾の目付きがだんだんと悪くなり、38〜38.5度まで熱が上がる。
鼻水もよく出るし、完治まではまだしばらくかかりそう。
-- 03/21 かみさん・琉吾本調子ならず --
かみさんの熱はだいぶ下がったものの、37〜37.5度の辺りで微熱を維持。
加えて腹痛(胃痛?)や貧血も併発しており、基本的には元気なものの、調子は悪そう。
琉吾の熱も下がらず。午前から昼にかけては元気一杯で、夕方から夜にかけてぐったり。
幸い食欲はあり、ちゃんと食べて水分も取るので、大事にはなっていない。
自分の抜歯後の回復は順調。まだ右側で物を噛むことはできないものの、普通に食事ができるくらいにはなった。
玲真は一人で絶好調。具合悪そうな琉吾にカラみ(琉吾は激しく嫌がる)、本調子でないかみさんに甘え、普段あまりいないのにここ数日家にいる父親にもペタペタくっつき。ガツガツ食べ、あちこち走り周り、いたずらをし続ける。
一人だけインフルエンザにかかっていない人がいるけど気のせいだろう。
早いとこみんな元気になりますように。
2005年03月08日
インフルエンザ攻防戦
-- 03/01 琉吾発症 --帰宅してみると琉吾の様子があきらかにおかしい。
いつも以上にボーっとした顔をして、目は半開き。座ったまま動かないし、すぐにゴロゴロと寝込ろんでしまう。熱を計ってみると、39度を超えている。せき、くしゃみは出ていない。
食事はなんとか食べ、水も飲む。息は荒いもののよく寝ているので、医者に連れていくのは翌日にしようと判断。
この時点ではまだインフルエンザをあまり疑っておらず。
今思えばこの時点で緊急医に連れていき、インフルエンザの薬(タミフル)を処方してもらえばよかったのかもしれない。タミフルはインフルエンザウィルスの増殖を抑制する効果があり対症療法としてとても有効な薬らしいが、発症から48時間以内に服用しないと効果が期待できないそうな。
-- 03/02 インフルエンザ発見 --
医者でインフルエンザの検査を行い、A型ではあるまいか?との診断を受ける。
薬を処方してもらいひとまず様子を見る。
発症のタイミングから見て、先日のディズニーシーでもらってきた可能性が高いか。
-- 03/03 父発熱 --
父、熱が38度を超え、激しいダルさと関節痛。
翌日の長野行き(日帰り)に備えて、会社を早目に引き上げる。
琉吾の熱はなかなか下がらず、38〜39度を行ったり来たりしている。
週末の家族での長野帰省は取り止めに。
-- 03/04 父、琉吾終息・玲真発症、ひきつけを起こして救急車で運ばれる --
暖かくしてたっぷりの睡眠をとったせいか、昨日のダルさはすっかり解消。熱も無い。
父はインフルエンザではなく、ただの風邪だった可能性が高い。
特に問題無く、朝から日帰り長野行きへ。
琉吾は2回目の診断。特に問題は無く、熱も下がってきた。
このまま終息していきそう。
すると、ここまで何事も無かったかのように元気にしていた玲真が発熱。38度を超えている。慌てて予約を取り、昼頃にかみさんの運転で医者に向っていたところ、玲真が車内でひきつけを起こしてしまった。
かみさんは、琉吾が突発性湿疹をやったときにひきつけを起こしたのを経験していたので、なんとか対処はできたものの、玲真のひきつけはなかなか収まらない。玲真がひきつけを起こしたのは初めてであり状態も良くなかったため、慌てて近所の家に飛び込み救急車を呼んでもらう。
救急車が到着し、向かう先の病院を探している間も玲真の意識は朦朧としており、かみさんの呼掛けにも全く応答しない状態。かみさんは、玲真が救急隊員にペンライトで瞳孔の確認などされている様子を見て、恐ろしい不安を感じていたそうな。
やっと3件目の病院で受け入れてもらえるとの連絡を受け、急行。血液検査の結果、インフルエンザであること、その他の内蔵疾患等の心配は無いことが確認され、やっと一安心。退院する頃には玲真の様子もほぼ元に戻っていた。
タクシーで救急車を呼んでいただいた家に行き、置かせてもらっていた車を受け取る。感謝の言葉もありませぬ。
‥‥と、この間、父は長野にいたのだった。かみさんからの一連の騒動についての連絡を受けたのは、子供達が昼寝をして一段落した頃。淡々と話す内容を聞いてその時はただただびっくりしていたものの、こうして振り返ってみると、そのときの状況の大変さが思い知れる。そして、「母は強し」という言葉をあらためて実感した。
玲真の発症に気がついてからひきつけを起こすまでの時間はわずか数時間。もし琉吾がもう少し早く回復していたら、このタイミングで長野に帰省していたかもしれない。長野に向かう高速道路でこのような状況になっていたらと思うと‥‥。恐ろしや。
-- 03/05 玲真終息 --
薬の処方が早かったせいか、玲真の回復は早かった。40度くらいまで上がっていた熱も、ぐんぐん下がって落ち着いた。
先に回復した琉吾。

まだ少しぼぅっとしている玲真。

少しずつ元気も。

-- 03/06 母発症? --
ここまで気丈に頑張ってきたかみさんが、夕方頃に急な発熱を感じ始めた。これまでの経験から、まずはとにかく早く見てもらい、タミフルゲットだぜ、ということで緊急医(相模原メディカルセンター)へ。薬を処方してもらい、しばらく様子見。
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3/8現在、かみさんの症状はひどくなることも無く、終息に向かっている様子。
子供達もすっかり元気になった。
脳症などの合併症が無かったのが不幸中の幸いだろう。
参考サイト:
インフルエンザ総合対策【平成16年度版】- 日本医師会
http://www.med.or.jp/influenza/index.html
インフルエンザ情報サービス
http://influenza.elan.ne.jp/index.php3
インフルエンザ脳症の前駆症状
http://www.bl.mmtr.or.jp/~shinjou/inhu2.htm