2006年10月25日
広島出張
今の仕事では、「出張」というと大きく分けて2種類の出張がある。1. 私服で行く出張
本社近辺で行う社内会議への出席が主。
たまにお客様に会ったりもするけど、自社で会うときはほぼ私服。
2. スーツで行く出張
スーツで行く場合は、「営業支援」か「トラブル対応」のどちらか。
最近は「トラブル対応」がほとんど。
で、今回も「トラブル対応」によって、広島まで出かけてきた。
長野 → 東京 → 広島、と新幹線を乗り継いで、約6時間。
ひさしぶりの長旅。さすがに座り疲れた。
トラブル対応そのものは、事前調査の効果もあり、順調に完了。
遠路出向いた甲斐があった。
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やや観光めいたこと。
広島駅ビルの中にある「麗ちゃん」で食べた広島風お好み焼き。

鉄板の上で焼いてくれたものを、そのまま鉄板の上でヘラを使ってむさぼり食べる。
実にうまい。座席がほぼ満席だったのもうなずける。
我々のような、複数人数の一見の客とは違う、ごく普通に夕飯を食べに来ています的な一人の客が多かった気がする。
駅からホテルに向かう途中にあったラーメン屋「上海」。

「駅前店」とあるから、他にもあるのかもしれない。
カウンター十数席だけの小じんまりとした店。
ラーメン一杯500円。
豚骨醤油スープにコシのある細めの麺。

どちらかというと鷄ダシ、魚介系の醤油スープが好きな方なので、豚骨醤油はそれほどたくさんの種類を食べているわけではない。
が、今まで食べてきた中で、これほど「豚骨臭い」と思ったスープは無い。
好みは分かれるかもしれないが、これがとてもうまい。
小じんまりしているとはいえ、なかなか侮れない。
豚骨醤油にしろ普通の豚骨スープにしろ、「豚骨臭さがない」ということを売りにしているところが多い。
それがいけないわけではないが、たまにはガツンと匂う豚骨ラーメンを食べてみたいと思ってしまう。
こういうラーメンを食べさせてくれる店が近くにあるといいなぁ、と思う。
客先から広島駅に向かう途中で寄った、世界遺産「原爆ドーム」。

写真やテレビで見慣れた建物部分よりも、建物周囲に落ちている瓦礫や、建物内部で崩れかかっている壁の方が、当時の状況をそのまま伝えているようでもあり、とても生々しい。
元々は、広島県物産陳列館だった、ということを初めて知った。
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帰りの新幹線。700系のぞみ。

でっかいスリッパ風。
2006年10月23日
普段の生活
子供たちもやっと水疱瘡終息のお墨付きを医者からもらい、今日から保育園に復帰。ひさしぶりの保育園は楽しかった様子。
やっといつもの、普段の生活に戻ってきた。
‥‥のはずが、明日から出張で広島。
長野から出ていくので、どうしても前泊しないと現地では仕事ができない。
さてさてどうなることか‥。
2006年10月22日
紅葉狩りと海
琉吾が「紅葉狩りに行きたい!」と言うので、でかけることに。水疱瘡との攻防に明け暮れていたので、遠くにでかけるのもひさしぶりだ。
水疱瘡になる前、保育園で「りんご狩り」に行った琉吾は、「紅葉狩り」も何かを取って食べるものだと思っている様子だったが、道中でとくとくと説明をしたら分かってもらえたようだった。
去年は志賀高原まで紅葉を見に行ったので、今年はちょっと場所を変えて白馬の方でも行ってみようかと車を走らせた。
しかし、気が付いたら海にいた。

意外に白馬の山々はまだ色付いておらず(元々それ程紅葉しないのかもしれない)、やや物足りなかったので、そのまま足を延ばして国道148号線を糸魚川まで出てきてしまったのだ。
天気が良くて、海も比較的おだやか。まだまだ寒くはない。

黄昏れ玲真。

帰りは高速を北陸道から上信越道へ。
当初思っていたよりも長いドライブになってしまったが、家に着いたらまだ16時。
琉吾玲真は自分たちの車(自転車と三輪車)に乗り換え、近所の徘徊に出かけて暗くなるまで遊んだ。
今までの引き込もり生活を取り戻すような一日だった。
2006年10月18日
水疱瘡攻防 - 其の二
水疱瘡メモ1水疱瘡ウィルスの潜伏期間は約2週間。感染後14日前後で発症する。
水疱瘡メモ2
水疱瘡ウィルスに感染した人から他の人に感染するのは、発症する1〜2日前くらいからである。
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父が発症したのは、10/1のこと。
玲真。
体にポツポツが見え始めたのが、10/13のこと。父の発症から12日後。
翌日に医者に行ったところ「水疱瘡ですね」と診断された。
琉吾。
体にポツポツが見え始めたのが、10/16のこと。父の発症から15日後。
その日に医者に行ったところ「水疱瘡ですね」と診断された。
これにより、父親の水疱瘡は、子供からうつされたものではなかったことが確定。
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現在は二人とも落ち着きつつある。
玲真。
発疹は数えることができる程度。
「子供のうちにやっておくと軽い」の典型っぽい。
保育園復帰は近い。
琉吾。
父親に体質が似ているのか、腰から上(顔、頭含む)に大量に発疹が出てきた。。
目の淵にも出きており、目が充血してしまっている。さすがにちょっと可哀想。
保育園復帰にはもう少しかかりそう。
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しかし、これだけ簡単に感染する水疱瘡に、30年も感染しないで生きてきたというのは、
なんとも不思議なことだ‥。
2006年10月10日
水疱瘡攻防
体の異常に気が付いたのは先週の日曜日(10/1)のこと。38度を越す熱が出ていたので、風邪かな?と思っていたところ、翌日になって体に発疹が出てきた。
アトピー体質なので発疹そのものは珍しくないものの、今回のはいつもと違っていた。
発疹というよりも「水泡」。
子供の頃に水疱瘡をやっていなかったので、もしやと思って医者に行くと「水疱瘡の疑いあり」との診断。
同時に一週間の外出禁止令を出されてしまった。
医者へ行った翌日には、体全体に発疹が現れ、顔や頭皮にも出てきた。
熱は39度を越え、夜も寝れない程の激しい頭痛を伴ってきた。
一日に二度だけ飲める解熱剤を、食事と睡眠のタイミングに合わせて飲むようにし、ひたすら安静。
数日後、発疹が赤いカサフタになる頃、激しい痒みが出てきた。
あまりの痒みに一睡もすることができず、医者に行って痒み止めを処方してもらう。
このときに「水疱瘡」との確定診断を受ける。
解熱剤と痒み止めの副作用の眠気に助けられながら、安静安静‥‥。
発症から7日目頃には、新しい発疹は出てこなくなり、熱も37度台に下がる。
連休明けには平熱まで下がり、黒くなったカサフタが取れるようになってきた。
医者に「もううつりません」宣言をもらい、火曜日の午後から1週間ぶりに出社。
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琉吾は同じタイミングで風邪をひいたため、実家に避難していた。
玲真とかみさんとは一緒に毎日過ごしていたが、どうやら二人共影響は受けていない様子。
「大人になってからの水疱瘡は大変」と聞いていたが、まとまった休みを取る必要があるし、対症療法の薬も劇的に効くということはないし、高熱は出るし発疹もたくさん出るしで、確かになかなか大変だった。(実はもっと大変な事になると思っていたが)
やはり子供のうちにやっておいた方がよいと思う。
やらなかった場合も予防接種はしておいた方がよいと思う。(発症しても軽く済む、らしい)