2007年09月04日
雑記
デジカメ。レンズにゴミが入ったのとレンズカバーのリングが外れたのとで修理に出した。
見積りにまず一週間、とのこと。
はたして9月末の運動会に間に合うだろうか。
デジタル一眼買ってしまえという神様の暗示だろうか。(たぶん違う)
デジタル一眼買っていないのは、FinePix F30の出来が良すぎるからなんだ。たぶんそうだ。
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とある友人の日記で見かけた動画が頭の中をグルグル周りんぐ。
イチローのレーザービームで人類滅亡
http://www.youtube.com/watch?v=Sj_pyMiI0Fw
タグに「鳥羽一郎」が入っているのがツボ。
元になっているネタはイチロー。と、NHKの『地球46億年の物語』の一場面。
『地球46億年の物語』の一場面
http://www.youtube.com/watch?v=oB3G0rvCIJc
と、言わずと知れた『全員集合』のセットチェンジのときに流れる曲。
どんな映像でもこの曲付ければ笑えてしまうのかも。不思議。
関係無いけど、この曲聞くといつも、ふかわりょうのネタ(テーブルの上にたてた携帯が
着信バイブで周るのを見ながらこの曲を口ずさむ)を思い出す。
ほんとに関係無い。
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旺福の新譜「青春舞曲」が日本でも発売されることになった。
アマゾンにももう出ている。
日本でも売れるんだ、という事実を作るためには日本向けに出荷されたものを買うべきなんだろうなぁ。
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玲真の風邪は一山越えた模様。
2007年03月16日
嫌だなぁ、と思うこと
仕事でもプライベートでも、『嫌だなぁ』
と思うことは、多々ある。
自分が『嫌だなぁ』と思う気持ちを大きく分けると2種類になる。
一つ目は、生理的に、本能的に、動物の勘的に『嫌だなぁ』と思う気持ち。
『嫌だなぁ』と思う理由がちゃんと説明できない場合が多い。
恐らく自分や、家族や、自分の周りの人間にとって、あまり良く無い事に遭遇しているのだと思う。
こういうときは、何かが起きる前に対処できるものは対処しておいた方がよい。
また、起き得る良く無い事を、できるだけ多く、具体的に想定しておく。
けど、あまり先回りした対処をし過ぎてもいけない。
良く無い事は、だいたいの場合において想定よりももっと悪い状態で顕在化し、
先回りの対処なんて丸々無駄になってしまうことが多いからだ。
それでも心の準備をしておくことは無駄にはならない。
何かが起きたときに、まるでそれを予想していたかのように冷静に対処することができるから。
悪く言えば「マイナス思考」、なのかもしれない。
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もう一つの『嫌だなぁ』。
本能で感じることは変わらないが『嫌だなぁ』と思う理由がちゃんと説明できる場合が多いもの。
時間が無い、人が足りない、情報が足りない、整理ができていない。
他の作業が忙しい、おもしろくない、早く帰りたい、早く寝たい。
先の作業が見えなくてやる気がでない。
先の作業が見え過ぎてやる気がでない。
等々。
端的に言えば「面倒くさい」のである。
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後者の『(面倒で)嫌だなぁ』に出会ったときは、そのことをチャンスだ、と思えるように努力している。
「面倒」と思うことほど、選択肢として正しいことが多いから。
「面倒」と思うことほど、先延ばしにすると痛い目を見るから。
「面倒」と思うことほど、乗り越えたときはいつもより成長できるから。
「面倒なこと」に対して、逃げず、ごまかさず、考えることを止めず、真剣に向き合い、真剣に話し合う。
結果、問題が解決しなくても、努力、思考したことは、必ず自分のためになる。
辛いとき、苦しいときは、成長できるチャンスだ。
2007年01月21日
子供の記憶力と本質の理解
サンタさんが琉吾にプレゼントしてくれた「くもんの日本地図パズル」。47都道府県がパズルのピースになっているもので、地図好きの琉吾は大喜びで毎日のように熱心に遊んでいた。
その結果、47都道府県の「形」、「名前」、「場所」を完全に覚えてしまった。
↓これを見て、

「徳島県!」と答えられるまでになった。これは徳島県のピースを裏から見たところ。
これを全部のピースでできるようになると、↓こんなものが作れたりする。

日本″裏″地図。(沖縄の場所がやや変)
一見すると、このパズルの目的から逸脱して無駄な事をしているようにも思える。
都道府県を裏から見ることなんて普通は無いし、日本地図を左右反対に作ることができても、
普通の向きで作る事に比べて役にたつことはまず無いだろう。
しかし、物事を「理解」しようとしたとき、常に同じ見方をしているのはかえって理解の妨げになるもの。
違った見方をしてみること、前提を否定してみること、結果を逆にしてみること、他の実例を探してみること。
理解を深めるためには、いろいろな方向から物事を見て、いじって、ひねくりまわすことが大切だ。
そのどれかで分からない点が出てくれば、まだ物事の全てを理解していない、ということになる。
例えば琉吾は、日本″裏″地図を作っているとき、佐賀県と長崎県の配置がどうしても分からなかった。
#横で見ていた母(地理に強い)にも分からなかった。
#横で見ていた父(地理に弱い)は表向きの配置すらもよく分かっていない。
全て完璧に理解しているようであっても、どこかに必ず抜けはあるもの。
それを埋めることで新しい発見に継がることがあったり、重大な問題の発生を防いだりできる。
物事の本質を理解するために、理解しているかどうかを確かめるために、あえて″裏″から見ることも大切だと思う。
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子供の記憶力が良い事については、駅名を覚えていたり、本を丸暗記したり、世界中の国旗を覚えていたり、と事例をいくつか見ているので、それほど驚くような事ではないが、やはり目の当たりにすると、凄いなあ、と純粋に思ってしまう。
琉吾、日本″裏″地図、作成中。

玲真、地方別に色付けされた「基本ピース」で修行中。

2007年01月13日
子供に見せたくない
凄惨な事件を連日詳細に報じている最近のニュース番組。特に「情報番組」の類に入るもの。
あまり子供に見せたくない。
琉吾がふとしたときに「殺害」といった言葉を発っしたそうだ。
直接聞いてはいないが、話を聞いたときに少し寒気がした。
今は、いろいろな物事をスポンジのようにどんどん吸収する時期。
そんなときに、まだ知らなくてもいい言葉を覚えてしまう姿を見ると、なんだか不憫だ。
世の中、いい事ばかりではないことを知らなければいけないし、教えてあげなければいけない。
けど今は、まだ白いままのスポンジでいて欲しいと思う。
夫婦が、親子が、兄弟が、お互い傷付け合い、殺し合う。
「友人」が録音した会話が流れ、被害者の容疑者の過去や私生活を匿名で「証言」する。
こんな現実の出来事を「これって何?」と質問されたとき、ちゃんと答えることができるだろうか。
ごめんな。お父さんもよく分からない。
2007年01月01日
2006年12月19日
脳内ヘビーローテ
ADSLが早くなった。これまで避けてきたpya!のFlash系ネタとかYouTubeとか普通に見られるようになった。うっかり聞いてしまった曲が頭から離れなくなった。ヘビーローテ。
Ievan Polkka(空耳歌詞バージョン)
http://karaken-web.hp.infoseek.co.jp/ievansky.html
溶けそうッス。こりゃロース。
路上のギリジン by Rhydhm-it
http://www.youtube.com/watch?v=YaYGeonZcjA
萌え声にはあまり萌えず。ラーメンズの元ネタを見てみたい。
2006年09月16日
力の注ぎ所
出張二日目。全社会議。詳細は秘密。招待講演をしていただいたコンサル会社の社長さんの話がおもしろかった。
ノウハウとして個人に蓄積されている「形になっていない知識」(暗黙知)を形にする(形式知)ことによって知識の共有を図り、
個人の能力アップによる組織の業務改善を目指す、という内容だったが、社長さん曰く、
「このコンサルの効果がよく出るのは、組織化されている(トップの独裁企業じゃない)がトップに注目されていない部署」
とのこと。
なるほどなー、と思った。
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大きな組織でも小さなプロジェクトチームでも同じことが言えると思う。
上に立つ人は全部を見てはいるが、どうしても偏りは出てきてしまう。(自分の得意な分野にフォーカスしてしまう)
そして、組織に無駄が少ければ少いほど、能力のあるメンバーが揃っていればいるほど、
全ての部署が持つ意味が重要度を増すことになる。
どこかに対して力の入れ方が足りなくなれば、それが無意識であるが故に、そこで発生する問題に気付くのが遅くなり、
その問題が全体に影響を与えるようになって初めて慌てて対処するようになる。
これを防ぐには上に立つ人が全体を隈無く見渡して(これは基本)、全てに影響力を持つようにする(独裁的になる)か、
各部署が持つ「地力」を鍛えることで、問題発見能力と解決能力を持たせるか。
短期的には前者でも大丈夫(すーぱーえんじにあ、がいることが前提)だが、
長い目で見たら後者が良いことは確実。
組織を「鍛える」には、組織の弱点を見つけることが大切。
それには上に立つ人とメンバーのそれぞれが「自分の弱点」を見つけるのが先決。
自分の弱点はどこか、問題点はどこか。強みはどこか、得意分野は何か。
足りない部分を補うにはどうすればよいか。他人のノウハウをいかにして共有するか。
なかなか答えは見つからないし、何が正解なのかもよく分からない問題だが、
こうやって考えて、少しずつでもできるところから実践することが大切なのだろう。
2006年07月12日
お題は「ラーメン」
某mixiで渡されたバトンに答えてみる。--------
■■■【指定型★バトン】のルール■■■
◆廻してくれた人から貰った『指定』を『』の中に入れて答える事
◆また、廻す時、その人に指定すること
指定されたお題は「ラーメン」でした。
◆最近思う『ラーメン』
自分がおいしいと思うラーメンでも、他の人も同じことを思うとは限らない。
自分の評価に賛同が得られないことを悔しく思う必要もないし、
他人の評価を自分の価値観を基準にして批判することも無意味だ。
要するに「好み」が分かれやすい食べ物なんだな、と思う。
尊敬している人が言っていた言葉。
「美味しいラーメンを食べるのではない、ラーメンを美味しく食べるのだ。」
これを実感している。
◆この『ラーメン』には感動!!
神奈川県大和市にある「中村屋」。
ここのラーメンには大盛り、というメニューが無い。
それでいて、ちょっと少な目に感じる麺の量。
スープを最後まで飲んで、ちょうど「腹8.5分目」位になる感じ。
麺の一本からスープの一滴に至るまで、丼に入っている全てのものが1つの「料理」として完成している。

ぱっと見は、これといって特徴があるラーメンではない。(強いて言えば炙りチャーシュー)
しかし、全ての具材がとてもおいしく、そしてバランスが取れている。
今だにここを越えるラーメンを食べたことはない。
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長野で「感動」したラーメンにはまだ出会っていない。
しかし、長野市内においしいラーメン屋がたくさんあるのには驚いた。
各地にいいお手本がたくさんあるので、新しくできるラーメン屋はみんなある程度のレベルは越えてくるのだろう。
#「ある程度」を越えていない店は、立地条件が良くなければすぐに潰れる。
長野駅周辺だけでも、助屋、蕪村、ぶあいそー、豊龍、よし家、醤伍、邦心辺りは安心感のある味。
市街地北周辺や郊外も含めると「おいしいラーメン屋」の数はかなりのものになる。
それだけ需要がある、ということなのだろう。長野の人はラーメン好き、なのかもしれない。
◆直感的『ラーメン』
その店のラーメンが自分の好みに合うかどうか、を決める要素のうち、一番最初に評価されるのが「店構え」。
あまりこ綺麗な店よりも、ちょっとボロになっている店のほうが、「おいしそうに見える」のだ。
行列ができるくらいたくさん客がいる店で、雑誌で良く見かけるものと同じラーメンをイソイソ食べるより、
一人か二人くらいの客がポツンポツンとカウンターに座っている店内で、昔ながらのオーソドックスなラーメンを、
新聞見たりマンガ見たりTV見たりしながら、のんびり自分のペースでズルズル食べるほうが「おいしい」のだ。
直感的。かな。
◆こんな『ラーメン』は嫌いだ
嫌いなラーメンはありません。
強いて言うなら、
・麺がうどんである
・麺がそばである
・煮玉子がダチョウの玉子である。
・スープがビミサンベースである
くらいだろうか。
ビミサンは甲信地方ローカルかもしれん。
◆この世に『ラーメン』がなかったら…
最初から無ければ、そんなもんさと思っていたことでしょう。
もし明日からラーメンが無くなるとしたら‥‥。
今日一日、休む事無くラーメンを食べ続けることでしょう。
以上。
あー、なんか腹減ってきた。
2006年05月29日
思考停止の防止
過去の事や遠い未来の亊をいろいろ悩んでばかりしてもしょうがないけれど、自分が抱える問題を解決するために考えることをやめてはいけない。
考えること自体が嫌になりそうだったら、どうすれば考える亊が嫌じゃなくなるかを考えよう。
問題が解決したかどうかを判断する基準には、
自分がその問題を解決するためにどれだけ本気で考えたか、
というものもある。
その問題が「本当」に解決したかどうかは、恐らく誰にも分からない。
その問題の「本質」はなんだったのか、恐らく誰も分からない。
しかし、問題の「本質」を見つける努力をやめてはいけないのだ。
2006年03月22日
WBC‥第三の道
アメリカがメキシコに負けて日本の準決勝新出と韓国との第三戦が決定したときに考えた。第一の道:韓国に勝って決勝
ここまで無敗できたのに、最後に一回負けただけで終りになってしまう韓国が、さすがに可哀想。反発も強いだろうなぁ。
第二の道:韓国に負ける
二回目であれだけ悔しかったのだから、三回目となったらどれだけ悔しいことか。やだやだ。
いずれの道も嫌な道。
なんとか他の道、第三の道が無いものか、と。
そして、日本は韓国に勝って決勝に進み、キューバに勝って優勝した。
結果、どうなったか。第一の道、で想像した通りになったか。
ならなかった。
日本の報道があえてそうしただけなのかもしれないが、意外にさばさばとした「やりとげた」といった感じの韓国の反応が目立つ。少々恨みがましい事は言いつつも、WBCの運営方法に対しての批判が主流だ。準決勝、決勝の試合内容がそれぞれ素晴しいものだった、という点もあるのだろう。
「人にどう思われるか」ではなく「自分がどうしたいか」、人に責任の所在を求める前に自分がやるべき事をやり尽す、すなわち「正々堂々と素晴しい試合をして、優勝する」ということが第三の道だったのかもしれない。